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消える高齢者 坪郷景介[社会文化][2010/11/25]

5000人?300人?

「山口で186歳 竜馬より年上」「戸籍120歳以上 大阪市に5000人超」「ついに200歳」高齢者所在不明問題で紙面を飾った見出しである。別の記事には『9月3日現在不明者は計297人で…』とも報道されている。実は戸籍と住民登録、2つのデータを基にした記事が飛び交っているので飛ばし読みでは分かりにくい報道状況となっている。数字を整理すると、大事なのは住民登録で『297人』の方である。住民登録は医療保険や年金、選挙投票権など住民サービスに直結するものである。一方で「200歳」「5000人超」の見出しのものは戸籍から出てきた数字である。戸籍が役割を果たすのは相続人特定や親族調査である。戸籍から保険などの住民サービスが行われることはないため不正利用されるリスクは少なく、年金詐取の危険性もない。

浮かび上がる所在不明者

では高齢者所在不明問題、一連の経緯を見てみよう。平成22年7月、東京都足立区で戸籍上111歳の男性が白骨遺体で発見され、後に男性の家族が年金詐取の疑いで逮捕された。ことの発端はこの事件である。この足立区の事件を皮切りに、都内最高齢とされる杉並区の女性の所在も区がつかめていないことがわかり、高齢者所在不明の問題は全国に飛び火する。前述のように読売新聞の調査では、所在不明高齢者は9月3日現在で兵庫県119人、大阪府66人など全国で合計297人となった。(9月5日付 読売新聞) また本人の死亡を隠して年金や高齢祝い金を詐取するといった悪質なケースも次々と発覚している。

なぜ所在不明問題が起こるのか

ではそもそもの現況確認(安否確認)はどのようにして行われているのだろうか?日本年金機構(旧社会保険庁)は年金給付に当たって、平成18年10月から住民基本台帳ネットワークを利用して現況確認を行っている。この住基ネットからの情報で、死亡届を反映して年金給付は終わる。ただしこれは、死亡届を家族がきちんと提出する、という前提にたって行われているため、「死亡をごまかしている場合や、行方不明者の場合には年金は支給されてしまう。住基ネット以前には現況届けでハガキのやりとりがあったためより確実だったのだが…」と新宿年金相談センターの方は語ってくれた。一方で市区町村の現況確認はそれぞれの自治体に任せられている。各自治体には一定の年齢に達した高齢者にお祝いの金品を渡す制度があり、それを現況確認の代わりとしているところが多い。しかし家族が代理で対応し、中には金品まで受け取っていた例が発覚しており、対面での確認が機能していないことが明らかになった。住民基本台帳法では家族の同意なく住居に立ち入る調査は認められていないので、拒否された場合行政としてはそれ以上動きようがないのという現実がある。以上のようにこれまでの現況確認の方法は年金機構と多くの自治体ともに、ごまかしに対して無防備なやり方であったと言えよう。今回一連の事件発覚により見直されることが期待される。

高齢者行政と個人情報保護の関係

年金詐取問題として考えるなら対面確認を徹底するなどひと工夫でごまかしは防げるだろう。今回の高齢者所在不明問題で私たちが考えなければならないのは、報道各紙が口を揃えて主張する地域コミュニティーの重要性、それと高齢者行政の難しさである。個人情報保護法が施行された2005年前後から、多くの自治体が長寿者名簿の公表を取りやめた。厚生労働省も2006年、それまで毎年9月敬老の日に公表していた全国高齢者名簿を廃止した。名簿を利用した悪徳業者からの被害を避けるためである。こうした流れは今の時代当然のようにも思えるが、弊害として表れたのが今回の高齢者所在不明問題とも言える。 個人情報保護法により、個人情報開示には本人の同意が必要であるため、民生委員(地域ボランティア)や福祉施設は、自治体から高齢者の情報を入手するのが困難になっている。高齢者の側から連絡が来るのを待っていることしかできないのである。また縦割り行政で伝達がうまくいっていないという指摘も見られるが、その背景には個人情報を別の課に提供すると「個人情報の目的外使用」に該当する恐れがあるため情報交換に消極的になっているという事情がある。このように個人情報の保護によって高齢者の孤立が進んでおり、個人情報の扱い方の再考を訴える声も上がっている。
以上が高齢者所在不明問題の概要と暗示される問題点である。ここで冒頭に立ち返り、戸籍からと住民登録からの数字が混在する報道のされ方についての疑問を書いておきたい。

伝えられない自治体の事情

住民登録と照らして所在のわからない高齢者297人が、戸籍を基に報道すると20万人以上に激増する。これに自治体の怠慢か、と顔をしかめる読者・視聴者も多いのではないだろうか。重要なことなのだが、実は戸籍の消除手続きが非常に面倒であるということはほとんど報道されていない。この高齢者消除には直系子孫のほか兄弟、甥姪にまで安否の調査が必要とされるので膨大な時間がかかる。香川県三豊市で戸籍消除にあたる担当者は「この人は調査対象に親族約70人。」「長いケースでは1年もかかる。」と大変さを強調する。(9月12日 四国新聞)こうした状況に法務省は、120歳以上である場合の高齢者戸籍消除の条件を大幅に緩め通知した。しかしそれは9月6日、ここ最近になってからである。

しっかりと掘り下げた中立な報道を

江戸時代からの戸籍という記事はセンセーショナルであるし、見せ物として魅力的ではある。しかし面白おかしく取り上げておいて、戸籍の消除がいかに大変かという状況を伝えないのは公正な報道と言えるだろうか。もともと戸籍の整理がされていなかったのは、それで支障がなかったからでもある。戸籍制度の是非にまで切り込んで考察するのでなければ、一連の戸籍に準じた報道は意味がないのではないだろうか。少子高齢化に、不況による税収減。福祉行政だけでなく地方自治はますますこれから自治体と住民が手を携えてやっていかなければならない時代を迎えるだろう。是非自治体側の苦労も伝え、両者の理解が進むような報道を望みたい。そして私たち市民の側も行政任せにせず、血縁関係が希薄化していく流れのなかでより重要視される地域コミュニティーの一員として、何ができるか考える必要がある。

ご協力
新宿年金相談センター
総務省住民制度課

参考
朝日新聞
日本経済新聞
読売新聞
産経ニュースHP
四国新聞HP
NHK番組 あさイチ
日本年金機構HP
総務省住基ネットHP

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