1. トップページ
  2. 震災による「食の安全意識」の変化~放射能測定値表示がもたらす影響~

震災による「食の安全意識」の変化~放射能測定値表示がもたらす影響~

 東日本大震災により発生した福島第一原発事故。大気中に大量の放射能が漏れ、放射能被曝が問題となった。食品の放射能汚染の問題もその一つである。内部被爆を恐れるあまり被災地の食品を避けるといった風評被害が相次いだ。一方、食品の安全性を訴えるために、食品中の放射能性物質の基準値を設け、測定を行い、店頭で表示する試みも見受けられるようになった。食の安全の定義が見直されている今、震災をきっかけに人々の「食の安全意識」にどのような変化が見られたのか。また私たち消費者はどのように食品に向き合っていくべきなのだろうか。
 この問題を検証するにあたり、「カタログハウス」に取材を申し込み、インタビューに応じてもらった。「カタログハウス」は福島県産の野菜を自社で放射性セシウムを測定し、店頭で検査結果を表示するといった取り組みや原発への賛否を問う住民投票条例制定の直接請求を目指す動きへの参加、原発の是非について国民投票を呼びかける特集をした雑誌のCM放送を打ち出そう試みなど、原発に対する問題提起を国民に投げかける運動を積極的に行っているためである。生産者側、消費者側双方の食に対する安全意識の変化を直に触れていると思い、その実状を聞きたく取材を申し込んだ。
 「株式会社カタログハウス」は、1976年設立。1982年に会員制有料カタログ「通販生活」を出版。年に2、3回出版し、会員数は全国に140万人にも上る。
 「株式会社C.H.リテイリング」は「株式会社カタログハウス」の関連会社で、「カタログハウスの店」の運営全般を行っている。今回「カタログハウスの店」で、福島産の野菜販売における取り組みを取材するにあたり、株式会社C.H.リテイリングの代表取締役社長、斎藤 憶良様と執行役員、滝口亮太様からお話を伺った。以下2012年7月12日に行ったインタビューをまとめた内容を記載する。

福島産の食品販売の経緯

 カタログハウスは「通販生活」の商品の一つとして福島産のお米を17年前から取り扱っていた。「日本一おいしいお米を作ろう」と生産者グループが稲作研究会を作り、お米の研究・生産などを行っていた。福島県須賀川市中通り地区で生産されるお米は年間降水量、年間平均気温などの環境面でも充実していた。そのため何十年も定期購入される顧客がいるほど多くの支持を得てきた。同様においしい野菜を作ろうとトマト研究会やキュウリ研究会なども存在し、福島さんの野菜として多くの支持を集めていた。そうして10数年に渡る生産者とカタログハウスとの強固な信頼関係が築かれていた。
 しかし3.11の原発事故により福島産の食品として放射能汚染が懸念され、風評被害が発生し、全く売れなくなってしまった。全ての生産者が意気消沈し、中には米作りを放棄してしまう農家の方もいた。そこで先ほどの生産者グループをまとめる株式会社ジェイラップの伊藤社長が「ここで辞めたら負けを認めることになる」として、一念発起する。チェルノブイリの原発事故の除染作業に協力していた日本人の専門家に協力を依頼し、須賀川市の土壌の検査に取りかかった。検査結果として生産地区は原発から30kmも離れていることもあり、土壌はほとんど汚染の影響を受けていなかった。また実際に作る野菜なども分析結果を見ればほとんど汚染されていなかった。しかし福島産だからという風評被害により、売れなかった。そこで長年信頼関係があるカタログハウスが協力し、福島産の野菜をカタログハウスの店で店頭販売することになった。

カタログハウスの取り組み

 福島産であることでの起きる風評被害に対してどのような対策が取られたのだろうか。カタログハウスの取り組みの一つとして、店頭における放射能測定器での食品の分析である。専門の分析家の協力のもと、民間レベルでの食の放射能測定器を作るメーカーは数少なく、測定器導入には時間を要した。しかし安全性を証明するためにきちんとした数値を測定、表示し消費者に示さなければならないと考え、2011年8月に導入に至った。小売での測定器導入はカタログハウスのみであるという。大手のスーパーマーケットでは大量物流のため食品全ての検査が不可能である。カタログハウスの店では通販生活での理念と同様に、消費者のために厳選された食品のみを扱っているため、物量的にも可能になっている。
 またもう一つの取り組みとして各マスメディアに向けてのニュースリリースの配信である。齊藤氏が「数多く売って初めて生産者の人達をバックアップできる」と述べる様に、測定により福島産の野菜の安全性を証明したところで売れなければ支援にはならない。また適正な価格で売る事も重要である。福島東北支援と謳って生産者から無料(ただ)同然で買い付けて利益を乗っけてしまう業者もあるという。そのため大量に、かつ適正価格で売るための案として、世間の注目を集める事であった。カタログハウスとしてのネームバリューを有している事もあり、小売での測定器導入、店頭での分析という新しい試みにあらゆるメディアが食いついてきた。日本のテレビ局、新聞社、雑誌はもちろん海外メディアからの取材もあったという。その効果もあり、報道後「福島を応援したい」、「安心安全なモノを食べたい」という消費者が殺到した。

独自の放射性物質基準

一日目 width=

 震災直後、それまで食の放射性物質に関する食品ごとの基準が存在しなかった日本では、一般食品一律500ベクレルという何の根拠にも基づかない暫定基準が慌てて作られた。消費者自身もその基準が安全を担保する数値であると判断できなかったため、とりあえず福島産の以外の食品を買えば大丈夫とする傾向が生まれた。福島県以外でも関東地区などの食品から放射性物質が検出されても、500ベクレル越えてなければいいという考えからである。しかし様々な放射能汚染の報道を通じて、政府の根拠の暫定基準に不信感を抱く消費者も増えていくようになる。そうした消費者の不安を解消するためにカタログハウスでは独自の放射性物質基準を設けることにした。チェルノブイリ原発事故が起こったウクライナの基準を参考に、消費者の安全を確保し、納得して安心できる厳しい基準を設けた。以下政府が発表した基準数値とカタログハウスの独自基準を比較したものである。
 カタログハウスは1年間食品を摂取した際の内部被ばくが年間1ミリシーベルトを超えない基準を、ウクライナの基準を参考に、設けた。例として主食であるコメやパンなどは摂取頻度が多いため低い数値に設定している。

消費者の食の安全意識

 各メディアの報道の影響もあり、初めは多くの安全意識の高い消費者が店頭に訪れたという。具体的には「表示されている数値の意味を教えてほしい」「10ベクレル未満っていうのはどういう風に安心できるのか教えてください」と言うような質問があったという。特に30代の母親の方が熱心に聞かれる人が多かったとのこと。だが50代60代の人達はそんなに神経質にならないとの声もある。それは元々カタログハウスや通販生活を信頼している長年の顧客層であり、「おいしいから買う」という理由である購入しているのである。
 こちらの「数値を敢えて表示することによって消費者の不安心理を煽ってしまうのでは?」という質問に対して「人それぞれ。ただ我々はやっぱり販売する以上はなるべく数値の少ないものを売りたいし、可能な限り出来るだけの事をきちんとそれを公表して販売して。あとは買う、買わないかお客さんの判断ですよ。」と齊藤氏は述べた。事実なんにも気にせずおいしいからという理由で毎日買いに来る人もいるという。また(測定値が)0と証明できないと買わない人がいるという事実も当然認識しており、「結果として福島の生産者を苦しめちゃうことになるんじゃないかな。それは消費者心理としてはしょうがないけど、そういう意味では我々小売側が解消してあげる方法を考えていかないといけないテーマなのかな」と同氏は述べた。

考察~安全意識の多様化~

一日目 width=

 今回のインタビューを通じて、生産者の並みならぬ努力とその思いを叶えるため奮闘するカタログハウスの取り組みを知ることが出来た。また両者に共通する「安心安全なモノを提供したい」と言う想いが、今回の取材のきっかけとなった放射能測定器の導入・測定・結果表示の取り組みとして表れているのだと感じた。
 食の安全をPRする上で放射性物質が入っていても、なるべく0に近い数値のものを提供し、安全性を証明するという新しい考えが生まれた。
 一方、震災後でも変わらない消費者心理もある。放射能汚染を気にせず、おいしいという理由から購入する人、有害物質が0でないから被災地産の食品を買わない人はいずれも存在する。その中で政府や民間企業がそれぞれ食品中の放射性物質基準を設けている。どの基準を選択し、食品の購入するのかは消費者自身の判断に委ねる他ない。消費者自ら自身の安全基準を選択するといった試みが必要とされている現状なのだ。(田中謙一)


参考

『朝日新聞』
・2011年10月1日 「原発賛否問う住民投票条例を 東京・大阪で、直接請求目指し署名活動」
・2011年11月30日 「テレビ朝日が原発特集号のCM断る」

『朝日新聞ウィークリー AERA』
・2011年6月18日 「『100ベクレル』の欠陥」

ゼミジャーナル vol.2

ゼミジャーナル vol.1

シリーズ・記者インタビュー2010

シリーズ・放送人インタビュー2011