私たちの通う早稲田は日本有数の学生街であり、神田神保町や本郷と並ぶ古本屋街でもある。その古書店の数は早稲田から高田馬場への早稲田通り沿いを中心に30近くに及ぶ。いわゆる「馬場歩き」の道すがら立ち寄ったという学生も多いだろう。
一方で最近、本を読む学生の数は減ってきたと言われる。『白書出版産業 2010』によると、大学生の一日あたりの読書時間は1985年の50分から2008年では29分へと下がっている。もちろん大学の数も増えているから、これだけで一概に早大生の読書時間も減っているとは言えない。しかしインターネットを始めメディアや生活の環境の変化もあるわけで、実際に読書離れというのは起こっていると思われる。
そのような現状の中で早稲田の古書店は今どうなっているのか、古書店主の話を聞いた。
今回取材させていただいた稲光堂(とうこうどう)書店は社会科学部や教育学部に近い西門から高田馬場方面へ抜ける西門通りにあり、早稲田では最も古い古書店である。看板は色褪せ、店内も薄暗くなっているものの、入口は大きく入りづらい雰囲気はない。長く続いている古書店の多そうな早稲田でも、戦前から続いている古本屋はこの稲光堂と早稲田通りにある照文堂のふたつだけだ。その店主、今年で81歳になる三瓶(みつがめ)富也さんにお話を伺った。
稲光堂書店は昭和四年、三瓶さんのお父さんによって開業された。戦前は早稲田通り沿いの現在は三徳や喜楽書房のあるあたりにあり、何度か移転しながら大学に近づいてきて、戦後に今の店舗になった。三瓶さん自身、生まれ育ちともに早稲田で小学校は戸塚第二小、1951年には早稲田大学の商学部に入学した。大学ではもっぱら新宿でビリヤードなどをして遊んでいたそうで、中退した後に店を継いだという。
その当時の古書店は今では考えられないほど繁盛していたようだ。「親父と二人で合わせても本を包むのが間に合わないくらい。一日に10万から30万(円)くらい売り上げたんじゃないかな」。どうして変わってしまったのか。
やはり今の学生は本を読まなくなったと思いますか、と尋ねたところ「それもあると思うけど、大学の方針も変わったよね」と言う。以前は指定の教科書を使ったり、自身の著書だけを試験で持ち込み可としたりする教授が多かった。そのため試験前になると古書店でそういった書籍を買い求め、試験後になると売ってしまうというサイクルが働いていた。時には試験直前に駆け込みで買い、その日の内に売るという契約をする学生までいたそうだ。最近では指定の教科書などは使わず、レジュメなどで授業を進めることも多くなった。つまり大学の変化が古書店からかつての賑わいをなくしてしまったということだ。
古本屋自体の対応も変わってきているらしい。昔は本を買わずに入り浸っている学生もいて、店側も仲良くしていたという。しかし三、四年前に通っていた女の子を最後に、そういった学生はいなくなってしまった。繁盛していた頃には帳簿に学生の住所を書いておく習慣もあり、年賀状のやり取りなどもあった。「卒業のときには一緒に写真撮ったりもしたけど、今はなくなったねえ。飲食店じゃまだ来るらしいけど」。昔通っていた学生の中には大人になってから戻ってきて、当時使っていた教科書を買っていくなんていう人もいるそうだ。
ブックオフの存在も古書店街に影響しているという。以前は多かった下宿を引き払う時にまとめて売りに来る学生も最近では珍しくなったそうだ。確かにそういったチェーン店は今の学生になじんでいるだろうから、売買両方とも使いやすいのかもしれない。「古本屋は、本の良い悪いはだいたいわかるからね」と三瓶さんの言うように、古書店はどちらにしても適正価格だ。
最近は体を悪くしたこともあり、市場で古書を仕入れることもしなくなって、息子さんはいらっしゃるが跡を継ぐ予定はないという。棚には古めの教科書の類が目立ち、同じ本で数冊あるものもある。何年か経ってまた使うこともあるからなかなか捨てられないそうだ。歴史と早稲田の先輩方の思い出のある書店がなくなってしまうのは非常にもったいない。この問題は稲光堂書店に限った事ではないだろう。特に早稲田の古書店では大学の影響は良くも悪くも大きいのだから、大学、教員、学生各々にこのことを考えてもらいたい。
筆者は取材後も店内を見せてもらい、平積みの山の中から好きな作家の本を見つけ100円で購入した。古書店でおもしろいことのひとつは掘り出し物を見つけた時だと思う。せっかく近くにあるのだから早大生には早稲田の古書店に足を運んでいろいろと探してみて欲しい。マイ古書店を作れば学生時代の思い出になるはずだ。
参考文献
向井透史『早稲田古本屋街』(未來社、2006年)
日本著書販促センター「大学生の1日の読書時間 1985年~2008年推移」
http://www.1book.co.jp/003792.html (2013年5月25日閲覧)
(斎藤雄志)