あなたは「男らしさ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。体力があること、仕事がデキること、お金を稼ぐこと、あるいは「強い男の子は泣かない」と散々言われた幼き頃を思う人もいるだろう。本当にそうなのだろうか。
テレビでは「イクメン」という文字を見かけるようになった。スーパーでは「専業主夫」がタイムセールに精を出している。彼らは男らしくないのだろうか。
「男らしさ」とは何か。改めてその意味を考えなければならない時代が来たのである。
早稲田大学には「男性学入門」という講義がある。そもそも男性学とは「男は仕事」という考え方がいかに素晴らしいかを学ぶ学問、ではもちろんない。むしろそのような伝統的男らしさという抑圧に異議を唱える学問である。男性学を教えている教育学部英語英文学科教授の石原剛先生は「男性にとっても生きにくい世界になってきている」と話す。
男性学は1970年代頃に主にアメリカで生まれた新しい学問である。特に、訴訟社会アメリカにおける離婚時の養育権の問題が社会的な火種となり誕生した。「養育権の裁判を行った場合、女性が権利を獲得することが大変多かったのです。これが社会的な火種となりました。「自分たちも子育てをしたい」、「子供から離れたくない」と主張した人達がいました。この主張が学問的な動きとクロスして意識改革が起ったのです。」と先生は言う。男性学の根っ子は女性学である。女性が抑圧されている状況と男性が抑圧されている状況に多くの重なる部分があるということに男性達が気付いてきたことで生まれたのだ。
先生が男性学の講義を始めたのは今から4,5年前。専門ではないが関心を持ち、新聞記事等を切り抜いている間に、こういうクラスを持ってみないかと声がかかった。ディスカッション形式で講義は行われ、扱う内容は育児休業のような社会問題から大衆文化まで多岐に渡る。
先生が男性学に興味を持ち始めたのは大学院生時代にまで遡る。妻が毎朝遠い勤務先に通う一方、自分は毎朝スーパーで食材選び。そんな伝統的な男の生き方とは180度違う生活の中で、印象的な出来事を経験した。「(スーパーの)テープレコーダーから流れているアナウンスです。そのアナウンスは必ず「奥さん奥さん」という言葉で始まっていました。その時、やはりスーパーに行って食材を買い、ご飯を作ることは女性の仕事であると思われていると感じ、すごく居心地の悪さを感じました。それから、「男だって食材を買って家族の健康を考えて晩御飯作ったって良いじゃないか」と思い始めたのです。」
アメリカへの4年間の留学も大きな影響を与えている。クッキーを焼く男友達の話や日本とのゲスト対応の違いについて挙げた後、「アメリカはすごく多様で、そういう生き方も良いと思いました。女性も男性も性の関係なしにもっとオープンで、助けられるとこは助け合っていくような生き方はすごく風通しが良く、日本でも浸透したら良いだろうと思いました。」と話してくれた。これらの経験が男性学の道へと先生を誘ったのである。
バブルの崩壊。それは「男は仕事」という男らしさの崩壊でもあった。「大学を卒業して2,30年、一生懸命働いていて家族と過ごす時間がない。そのような状況下で自らのアイデンティティは良い仕事をして認められることである。こう考えていた男達が簡単にリストラされ、路頭に迷っていく。男らしさは仕事が出来ることであると洗脳されているため、仕事を否定されてしまうとガクンと来てしまうのです。」こう話した後、1枚の統計資料を見せてくれた。日本の自殺者数の推移である。先生によれば、平成10年以降一年あたりの自殺者数が平成9年以前に比べて約1万人も増えたのはバブル崩壊の影響である。その背景には仕事で行き詰まり、先が見えなくなってしまった働き盛りの男性の姿があるのだ。先生はこう警告する。「仕事一本で自分の人生を決めてしまうような考え方や生き方は大きな危険を孕んでいます。コミュニティーに関わる、家族との時間を作る等もっと多様なチョイスを持つべきです。」男性学は下手をすると命を奪ってしまうような真剣な問題なのだ。
また、男性学ではDVも大きな問題だ。「実は男性が暴力に走ることは男らしさと大きな関係があります。」と話す先生は、具体例として収入の例を挙げてくれた。「例えばパートナーの女性が自分より収入が多いという場合です。この場合、暴力を振るうことで自らの優位性を証明しようとする男性がいるのです。」男性の私としては「まさかそのようなことは…」と思ってしまう話ではあるが、実際にこのような事態が起きているのだ。
自殺、DV等、男らしさは多くの悲劇を生んでいる。男らしさとは一体何か。改めて考える必要性を痛感する。
2010年、改正育児介護休業法が施行された。厚生労働省はホームページ上でイクメンプロジェクトを推進する等、男性の育児関与への後押しをしている。制度的には少しずつ整備されてきているのだ。
しかし、日本の文化には未だ伝統的な男らしさが根強く残っている。民間企業でも積極的に男性の育児休業を認める姿勢が見られるが、その実情はあまりにも低い育児休業取得率、さらに取得したとしても例えば2週間といったう短い期間しか取っていなかったりするいという状況だ。先生はこの理由の一つとして、「例えば育児休業を取ってしまうと出世競争から外れてしまうことを多くの男性は恐れているのではないかと考えてしまいます。」と述べている。
また伝統的な文化は「専業主夫」の増大を拒んでいるようだ。「生き方のチョイスとして専業主夫になる人もいます。しかし、主夫を長く続けていくことは難しいです。むしろ、続けられない男性が多いです。」これは、結局「男性は仕事」という伝統のせいであると言う。その人は違うと思っていても、親戚や友達から「あの人何やってるの」というプレッシャーがある。また女性中心の主婦コミュニティーの中に男性が入りづらいということも大きな要因だ。
先生は一つの「男らしさ」として、「専業主夫」の話をしてくれた。「専業主夫は強い男性です。長期間専業主夫を楽しく続けることが出来る男性は、一本ガンっと芯が通っていて、強い男性の一つだと思います。」筆者にとって、この考えは納得できる「男らしさ」の一つであった。周囲の目を気にせず、自分が信じた道を進む。日本人に欠けた「芯の強さ」ではないだろうか。それは「男らしさ」でも「女らしさ」でもない、日本人全員が持つべき強さでもあるだろう。
もう一度問う。あなたは「男らしさ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。体力があること、仕事がデキること、お金を稼ぐこと、あるいはイクメン、専業主夫だろうか。
「男らしさ」とは何か。改めてその意味を考えなければならない時代が来たのである。(阿部慎平)
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