焼き上がるまでの10分ほどの間に店頭だけでなく、店内の食事客からも雀の焼き鳥の注文があり、伏見稲荷大社に関しては必ずしも衰退の一途を辿っているようには見えない。
また伏見稲荷大社ではここ数年雀の確保が難しく、雀の焼き鳥は一年を通して販売することができない状況であったが、2010年より年間を通しての販売を再開した。猟期(11月15日~2月15日)以外の時期にも雀の焼き鳥が販売されているか確認するため、2015年3月に再訪問した結果、雀の焼き鳥は販売されていたが、取材に赴いた正午には売り切れとなっていた。
しかしながら、2014年12月末に焼き鳥を注文した際、その販売のあり方に違和感を覚えた。それは、雀に対する知識が全くない者が店頭で雀の焼き鳥を調理していたことだ。このことは二店に共通しており、「これは寒スズメ(脂ののったおいしい日本の冬期の雀)か」との質問に対し、店員は店の奥に確認しにいくといった具合である。うち一店は、正月に向けて増員したアルバイトと思しき四、五人の店員が、不慣れな手つきで恐る恐る串に刺された雀を焼いている始末であった。
そもそも伏見稲荷大社の参道における雀の焼き鳥は、五穀豊穣の神を祀る伏見稲荷において穀物を食い荒らす雀退治が起源だという。大正時代以後、雀の焼き鳥でにぎわった伏見稲荷大社の参道から、稲福と日野家を残して雀食が消えていった背景とは―。
かつては市井の伝統料理として全国で食された「雀の焼き鳥」も、現在ではごく一部の店でしか食することができなくなり、その食文化は存続の危機に瀕している。伝統料理である「雀の焼き鳥」が姿を消した理由とは―。
現在の焼き鳥食材の中心にある鶏肉は、明治44(1911)年ごろから昭和35(1960)年まで牛肉より高価であった。そのため、昭和30年代に簡単に肥えて大量飼育できるブロイラーが登場するまで、焼き鳥は雀などの小鳥が中心であった。焼き鳥屋には以下3つの系統がある。
鶏肉が高価であった頃、焼き鳥屋は小鳥焼き屋の系統が多かった。しかし、ブロイラーなどの鶏肉が安く出回るようになると、焼き鳥の食材は小鳥から安価な鶏肉に代わり、小鳥焼き屋系統の店は激減した。
雀の捕獲数の減少も深刻だ。狩猟者登録を受けた者による雀の捕獲数は、平成8年に578,299羽であったのが、平成24年には35,131羽と激減している。伏見稲荷大社の参道で、国産の雀の焼き鳥を現在も販売している食事処『稲福』においても雀の確保が難しいという。京都、兵庫、香川などの猟師から仕入れているが、確保できる量はピーク時の3分の1に過ぎない。では、なぜ雀の捕獲数が減少したのか。その主な理由としては次の二点が考えられる。
まず一点目は、雀の生息数の減少だ。立教大学理学部の三上修特別研究員の調査(2008年5~6月実施)では、日本国土のスズメの成鳥個体数を1800万羽と推定し、雀の個体数の減少率は1990年当時の50%~80%と推測としている。
二点目は、雀猟をする猟師の減少だ。雀猟は現在、かすみ網の禁止(1991年の鳥獣の保護及び狩猟に関する法律の改正)により、一度に大量の雀を獲ることが難しくなった。現在の無双網での雀猟では、雀が千羽いてもその一割か二割しか獲れない。雀の生息数が減り続ける中、かすみ網猟の禁止で雀猟は非常に難しくなった。それに加え、安い中国産雀が一時期出回ったことで、国内産雀の需要が急激に減り、雀猟から手を引く猟師もいた。雀猟を続ける猟師の高齢化も深刻だ。
伏見稲荷大社の稲福と日野家では雀の他にウズラも販売している。ウズラは重さ80~90gで、価格は一串(一羽)800円である。雀とウズラの価格を100gあたりに換算すると、雀は4000円、ウズラは約941円(雀12.5g、ウズラ85gで計算)である。ウズラが雀に比べて安い理由は、ウズラは人工飼育されており、食材として確保が容易だからだ。「ならば、雀も人工飼育しては」と考えるのが普通だ。この人工飼育に対して、雀の生息数を調査した三上氏は「人工飼育することは可能であるが、需要が限られているので採算が合わない」と指摘する。飼育された雀が市場に出ることは、この先もないだろう。
【3】国産雀から中国産雀への切り替え
中国産雀の輸入とその禁止も原因の一つだ。猟師の千松信也氏は著書の中で「かつては、すべての稲荷の焼鳥屋が国内の猟師の雀を使っており、半年はスズメの売り上げだけで生活できた時代もあった。ただ、そこに中国産の雀が半値以下で入ってきて、ほとんどの焼鳥屋は国産を買わなくなり、そちらに切り替えた」と語っている。多くの店が国産から安い中国産に切り換え、国産雀の需要は著しく減った。ところが、中国政府が平成11(1999)年12月に野鳥の輸出を禁止したため、中国産雀を使用していた店は、再び国産雀に切り替えることを余儀なくされた。しかし、中国産だけに頼っていた店は国産の雀を捕る猟師との付き合いを既に絶ってしまっていた。そのため国産雀を再び確保することが困難となり、雀の焼き鳥を供することができなくなるという結果を招いた。一方で国産雀を使い続け猟師との良好な関係を保ってきた店は、確保できる雀の数は減少したものの現在も国産雀の焼き鳥を販売し続けている。中国産雀への依存が国産雀の確保をより困難にし、雀食を衰退させたといえる。
【4】愛鳥思想の普及
雀の焼き鳥が消えた原因の最後に挙げるのは、人々の心理から生まれる「雀食のタブー」である。日本野鳥の会が初めて富士山麓で探鳥会をしたのが昭和9(1934)年である。当時の野鳥愛好家の楽しみと言えば、野鳥を飼育して啼かせたり、その姿を楽しんだり、あるいは、狩猟して食すといったことであった。この時代に育った人にとって、雀を食べることは決してタブーではない。しかしながら、昭和22(1947)年には鳥類保護の啓発と普及を実践するため、日本鳥類保護連盟が発足。4月10日をバードデーとし、昭和25(1950)年からは5月10日~16日までを愛鳥週間(バードウィーク)とした。この期間には、愛鳥週間用ポスターのコンクールや自然保護をテーマとしたシンポジウム、自然に親しむためのイベントやアトラクションが行われ、愛鳥思想の啓発や普及に繋がっている。このような環境で育った世代にとって雀が食材として認められないのは当然かも知れない。ペットのようにかわいい雀を食材として受け入れることができず禁食の対象としてしまうことは、一種の「ペット食タブー」である。こうした雀食を禁忌とする観念の広がりが、日本の雀食文化をさらに衰退させた。
消えゆく食文化、生まれゆく食文化
食文化とは実に奇妙だ。古来より食されてきた雀が、思想の変化により食べられなくなる一方で、今まで食されてこなかったものが、食物として見直されるケースもある。例えば最近では、ミドリムシが食用として注目を浴びている。大手コンビニエンスストアでも2015年6月23日から、ミドリムシを使ったクリームパンが北海道を除く全国で発売された。今まで誰も食べようとしなかったミドリムシを、誰もが簡単に食べることができるのだ。まさに一つの食文化の萌芽と言える。
愛鳥思想の普及に加えて、身が少なく価格も高い雀の焼き鳥が姿を消すのは、経済的にも自然な流れかも知れない。しかし一方で、縄文時代から続く日本の伝統的な食文化が姿を消していくのは、寂しくもある。
雀食文化は衰退し、雀を扱う店は稀となったが、野鳥が多く生息する山の周辺では現在でも雀の焼き鳥を供する店がある。一例を挙げると、高尾山周辺がこれにあたる。高尾山は野鳥の宝庫で、日本で確認できる野鳥550種のうち150種がこの山に生息している。そのため雀の焼き鳥を供する店が現存するのだ。また、高田馬場にも店舗を持つ昭和初期をモチーフにする居酒屋チェーンでも雀の焼き鳥を食べることができる。雀の確保が難しく、雀の焼き鳥を扱う店は提供期間を限定している場合が多いものの、身近なところから雀食を広げることに貢献している。
伏見稲荷大社の参道においては二店舗で雀の焼き鳥を食すことができ、雀食文化の継承に大きな役割を果たしている。伏見稲荷大社は全国三万社を超える稲荷神社の総本宮で、三が日の参拝者数は250万人以上と、その数は全国で5位、関西では1位にあたる。これだけ多くの人が訪れる伏見稲荷大社の参道で雀の焼き鳥を供することは、雀食文化を広く伝えることに繋がる。ここを訪れた参拝者は雀の焼き鳥を食さずとも、参道の店先で焼かれる雀の焼き鳥の姿や匂いによって、雀食文化を視覚や嗅覚から感取できるのだ。特に雀食を知らない世代においては、日本に雀を食する文化があり、それが今なお継承されていることを知る機会にもなる。
雀食文化に対する葛藤を抱きつつも、日本全国に散在する雀食の存続を願う気持ちを禁じ得ない。みなさんの身近にも伝統的な食文化が存在するだろう。雀食に限らず、日本の伝統的な食文化を今一度顧みてはいかがだろうか。雀食はそのことに警鐘を鳴らしているようである。「生まれゆく食文化」だけでなく、「消えゆく食文化」にもより多くの眼差しが向けられることを願う。
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