1. トップページ
  2. 土屋ゼミ年2014年度<第4回>消えゆく雀食文化 -なぜ、雀の焼き鳥は消えるのか-

土屋ゼミ2014年度 <第4回>消えゆく雀食文化 -なぜ、雀の焼き鳥は消えるのか-

  土屋ゼミ5期 木下 将太郎

 

 みなさんは「雀の焼き鳥」を食べたことがあるだろうか。頭の部分を噛むとトロっとした脳みそが口中に広がり、鼻からスルメにも似た匂いが抜ける。体の部分を食べ進めるとレバーに似た匂いや骨のばりばりとした食感、そして肉の固さが、野生の小鳥を丸ごと食べていることを感じさせる―。
その味について『現代日本料理選集 野鳥料理』には「雀は小鳥の中で最も美味で、焼き鳥が最高の味」と記されている。今、この「雀の焼き鳥」が衰退の一途を辿っている。それは雀の焼き鳥を名物とする京都・伏見稲荷大社においても例外ではない。その参道は大正時代から雀の焼き鳥を供する店で賑わったが、現在は二店を残すのみである。このことが周知の事実となったのが、2009年の毎日新聞「スズメの焼き鳥:100年の名物ピンチ 退治、御利益ありすぎた?京都・伏見」だ。この記事から約6年経過した2015年現在の伏見稲荷大社の参道における「雀の焼き鳥」の現状を取材した。

伏見稲荷「雀の焼き鳥」の「いま」


2014年12月、「雀の焼き鳥」を求めて京都・伏見稲荷大社を訪ねた。伏見稲荷大社の参道で雀の焼き鳥をメニューに掲げている店は2009年当時と同じ二店(稲福、日野屋)。いずれの店も雀の焼き鳥を一串(一羽)500円で販売している。雀の焼き鳥は店内で食すことも食べ歩くこともできる。雀の焼き鳥を注文すると、店員が羽毛と内蔵を処理した串刺しの雀を食品包装用の薄いフィルムから取り出し、それを店頭でタレにつけながら10分ほど焼く。最後に焼き鳥に山椒をかけて出来上がり。雀の焼き鳥は、重さ10~15g、体長は8cmほどである。
width=
width=
width=
焼き上がるまでの10分ほどの間に店頭だけでなく、店内の食事客からも雀の焼き鳥の注文があり、伏見稲荷大社に関しては必ずしも衰退の一途を辿っているようには見えない。

また伏見稲荷大社ではここ数年雀の確保が難しく、雀の焼き鳥は一年を通して販売することができない状況であったが、2010年より年間を通しての販売を再開した。猟期(11月15日~2月15日)以外の時期にも雀の焼き鳥が販売されているか確認するため、2015年3月に再訪問した結果、雀の焼き鳥は販売されていたが、取材に赴いた正午には売り切れとなっていた。

しかしながら、2014年12月末に焼き鳥を注文した際、その販売のあり方に違和感を覚えた。それは、雀に対する知識が全くない者が店頭で雀の焼き鳥を調理していたことだ。このことは二店に共通しており、「これは寒スズメ(脂ののったおいしい日本の冬期の雀)か」との質問に対し、店員は店の奥に確認しにいくといった具合である。うち一店は、正月に向けて増員したアルバイトと思しき四、五人の店員が、不慣れな手つきで恐る恐る串に刺された雀を焼いている始末であった。

そもそも伏見稲荷大社の参道における雀の焼き鳥は、五穀豊穣の神を祀る伏見稲荷において穀物を食い荒らす雀退治が起源だという。大正時代以後、雀の焼き鳥でにぎわった伏見稲荷大社の参道から、稲福と日野家を残して雀食が消えていった背景とは―。

消えゆく雀食―なぜ「雀の焼き鳥」は消えたのか

 
かつては市井の伝統料理として全国で食された「雀の焼き鳥」も、現在ではごく一部の店でしか食することができなくなり、その食文化は存続の危機に瀕している。伝統料理である「雀の焼き鳥」が姿を消した理由とは―。

【1】安価な鶏肉の普及(ブロイラーの出現)
 
現在の焼き鳥食材の中心にある鶏肉は、明治44(1911)年ごろから昭和35(1960)年まで牛肉より高価であった。そのため、昭和30年代に簡単に肥えて大量飼育できるブロイラーが登場するまで、焼き鳥は雀などの小鳥が中心であった。焼き鳥屋には以下3つの系統がある。

①江戸時代から続く雀やウズラなどの小鳥焼きをメインとする小鳥焼き屋の系統

②明治になってから出現したシャモ鍋などの鶏料理を提供し、かつては高級料亭であった鳥屋の系統

③現在主流の牛豚のモツを扱う大衆的な焼き鳥屋。

鶏肉が高価であった頃、焼き鳥屋は小鳥焼き屋の系統が多かった。しかし、ブロイラーなどの鶏肉が安く出回るようになると、焼き鳥の食材は小鳥から安価な鶏肉に代わり、小鳥焼き屋系統の店は激減した。

【2】雀の捕獲数の減少

雀の捕獲数の減少も深刻だ。狩猟者登録を受けた者による雀の捕獲数は、平成8年に578,299羽であったのが、平成24年には35,131羽と激減している。伏見稲荷大社の参道で、国産の雀の焼き鳥を現在も販売している食事処『稲福』においても雀の確保が難しいという。京都、兵庫、香川などの猟師から仕入れているが、確保できる量はピーク時の3分の1に過ぎない。では、なぜ雀の捕獲数が減少したのか。その主な理由としては次の二点が考えられる。
width=
まず一点目は、雀の生息数の減少だ。立教大学理学部の三上修特別研究員の調査(2008年5~6月実施)では、日本国土のスズメの成鳥個体数を1800万羽と推定し、雀の個体数の減少率は1990年当時の50%~80%と推測としている。
 
二点目は、雀猟をする猟師の減少だ。雀猟は現在、かすみ網の禁止(1991年の鳥獣の保護及び狩猟に関する法律の改正)により、一度に大量の雀を獲ることが難しくなった。現在の無双網での雀猟では、雀が千羽いてもその一割か二割しか獲れない。雀の生息数が減り続ける中、かすみ網猟の禁止で雀猟は非常に難しくなった。それに加え、安い中国産雀が一時期出回ったことで、国内産雀の需要が急激に減り、雀猟から手を引く猟師もいた。雀猟を続ける猟師の高齢化も深刻だ。

伏見稲荷大社の稲福と日野家では雀の他にウズラも販売している。ウズラは重さ80~90gで、価格は一串(一羽)800円である。雀とウズラの価格を100gあたりに換算すると、雀は4000円、ウズラは約941円(雀12.5g、ウズラ85gで計算)である。ウズラが雀に比べて安い理由は、ウズラは人工飼育されており、食材として確保が容易だからだ。「ならば、雀も人工飼育しては」と考えるのが普通だ。この人工飼育に対して、雀の生息数を調査した三上氏は「人工飼育することは可能であるが、需要が限られているので採算が合わない」と指摘する。飼育された雀が市場に出ることは、この先もないだろう。

【3】国産雀から中国産雀への切り替え

中国産雀の輸入とその禁止も原因の一つだ。猟師の千松信也氏は著書の中で「かつては、すべての稲荷の焼鳥屋が国内の猟師の雀を使っており、半年はスズメの売り上げだけで生活できた時代もあった。ただ、そこに中国産の雀が半値以下で入ってきて、ほとんどの焼鳥屋は国産を買わなくなり、そちらに切り替えた」と語っている。多くの店が国産から安い中国産に切り換え、国産雀の需要は著しく減った。ところが、中国政府が平成11(1999)年12月に野鳥の輸出を禁止したため、中国産雀を使用していた店は、再び国産雀に切り替えることを余儀なくされた。しかし、中国産だけに頼っていた店は国産の雀を捕る猟師との付き合いを既に絶ってしまっていた。そのため国産雀を再び確保することが困難となり、雀の焼き鳥を供することができなくなるという結果を招いた。一方で国産雀を使い続け猟師との良好な関係を保ってきた店は、確保できる雀の数は減少したものの現在も国産雀の焼き鳥を販売し続けている。中国産雀への依存が国産雀の確保をより困難にし、雀食を衰退させたといえる。

【4】愛鳥思想の普及
 
雀の焼き鳥が消えた原因の最後に挙げるのは、人々の心理から生まれる「雀食のタブー」である。日本野鳥の会が初めて富士山麓で探鳥会をしたのが昭和9(1934)年である。当時の野鳥愛好家の楽しみと言えば、野鳥を飼育して啼かせたり、その姿を楽しんだり、あるいは、狩猟して食すといったことであった。この時代に育った人にとって、雀を食べることは決してタブーではない。しかしながら、昭和22(1947)年には鳥類保護の啓発と普及を実践するため、日本鳥類保護連盟が発足。4月10日をバードデーとし、昭和25(1950)年からは5月10日~16日までを愛鳥週間(バードウィーク)とした。この期間には、愛鳥週間用ポスターのコンクールや自然保護をテーマとしたシンポジウム、自然に親しむためのイベントやアトラクションが行われ、愛鳥思想の啓発や普及に繋がっている。このような環境で育った世代にとって雀が食材として認められないのは当然かも知れない。ペットのようにかわいい雀を食材として受け入れることができず禁食の対象としてしまうことは、一種の「ペット食タブー」である。こうした雀食を禁忌とする観念の広がりが、日本の雀食文化をさらに衰退させた。

消えゆく食文化、生まれゆく食文化

 
食文化とは実に奇妙だ。古来より食されてきた雀が、思想の変化により食べられなくなる一方で、今まで食されてこなかったものが、食物として見直されるケースもある。例えば最近では、ミドリムシが食用として注目を浴びている。大手コンビニエンスストアでも2015年6月23日から、ミドリムシを使ったクリームパンが北海道を除く全国で発売された。今まで誰も食べようとしなかったミドリムシを、誰もが簡単に食べることができるのだ。まさに一つの食文化の萌芽と言える。

愛鳥思想の普及に加えて、身が少なく価格も高い雀の焼き鳥が姿を消すのは、経済的にも自然な流れかも知れない。しかし一方で、縄文時代から続く日本の伝統的な食文化が姿を消していくのは、寂しくもある。

雀食文化は衰退し、雀を扱う店は稀となったが、野鳥が多く生息する山の周辺では現在でも雀の焼き鳥を供する店がある。一例を挙げると、高尾山周辺がこれにあたる。高尾山は野鳥の宝庫で、日本で確認できる野鳥550種のうち150種がこの山に生息している。そのため雀の焼き鳥を供する店が現存するのだ。また、高田馬場にも店舗を持つ昭和初期をモチーフにする居酒屋チェーンでも雀の焼き鳥を食べることができる。雀の確保が難しく、雀の焼き鳥を扱う店は提供期間を限定している場合が多いものの、身近なところから雀食を広げることに貢献している。

伏見稲荷大社の参道においては二店舗で雀の焼き鳥を食すことができ、雀食文化の継承に大きな役割を果たしている。伏見稲荷大社は全国三万社を超える稲荷神社の総本宮で、三が日の参拝者数は250万人以上と、その数は全国で5位、関西では1位にあたる。これだけ多くの人が訪れる伏見稲荷大社の参道で雀の焼き鳥を供することは、雀食文化を広く伝えることに繋がる。ここを訪れた参拝者は雀の焼き鳥を食さずとも、参道の店先で焼かれる雀の焼き鳥の姿や匂いによって、雀食文化を視覚や嗅覚から感取できるのだ。特に雀食を知らない世代においては、日本に雀を食する文化があり、それが今なお継承されていることを知る機会にもなる。
 
雀食文化に対する葛藤を抱きつつも、日本全国に散在する雀食の存続を願う気持ちを禁じ得ない。みなさんの身近にも伝統的な食文化が存在するだろう。雀食に限らず、日本の伝統的な食文化を今一度顧みてはいかがだろうか。雀食はそのことに警鐘を鳴らしているようである。「生まれゆく食文化」だけでなく、「消えゆく食文化」にもより多くの眼差しが向けられることを願う。

【参考文献】

EICネット[環境用語集:「愛鳥週間」]http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act/view&ecoword=%B0%A6%C4%BB%BD%B5%B4%D6

EICネット[環境用語集:「カスミ網」]http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act/view&serial=411

JA長野県HP「地域情報」『地蜂とりは信州の男子にとって通過儀礼だ』http://www.iijan.or.jp/oishii/2008/08/post_853.php

青空文庫HP「筆のしづく 幸徳秋水」http//www.aozora.gr.jp/cards/000261/files/2410_21755.html

秋田のグリーン・ツーリズム総合情報サイト「秋田・食の民俗 野生鳥獣編」http://www.akita-gt.org/eat/shoku-02.html

朝日新聞デジタル「ミドリムシ、クリームパンにも サークルKサンクス発売」2015年6月17日、http://www.asahi.com/articles/ASH6J5D1YH6JULFA023.html

旭川ロータリークラブHP「第2991回例会」Vol.62, No25 (2011年1月7日)http://www.asahigawarc.org/080-10/webkaihouy.html

旺文社編集『旺文社日本史事典』(2000)三訂版「和漢三才図会」

大塚滋『食の文化史』(1975)、中央公論新社、P5引用 P33

落合道人「さようなら、メーヤー館。」http://chinchico>blog.so-net.ne.jp/2006-09-09

川端義友・岡嘉弘・阿部孤柳『現代日本料理全集5 野鳥料理』(1978)、柴田書店、P.182-187,201-204,212,213,216,233

環境省HP「報道発表資料」『鳥獣保護および狩猟の適正化に関する法律施行規則の一部を改正する省令について』(平成19年5月25日)、http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=8415

環境省 「報道発表資料」『鳥類、爬虫類、両生類及びその他無脊椎動物のレッドリスト見直しについて』(平成18年12月22日) http://www.env.go.jp/press/7849.html

公益財団法人 日本鳥類保護連盟「活動内容」『愛鳥週間「全国野鳥保護のつどい」』http://jspb.org/tudoi/week.html

公益財団法人 日本野鳥の会 「当会の活動」『鳥獣保護法Q&A(回答編Q1~Q10)』http://www.wbsj.org/nature/law/choujuu/qanda/all_21.html

財団法人 日本鳥類保護連盟「美しい森林(もり)づくり全国推進会議」『Column「森林を語る」第11回 美しい森林づくり全国推進会議 日本鳥類保護連盟が担う 美しい森林づくりへの活動』http:/www.b-forest.org/topic/no11.html

佐々木道雄『焼肉の文化史』(2004)、明石書店、P55,56,278,282

社団法人 日本猟用資材工業会『鳥獣の保護および狩猟の適正化に関する法律(新鳥獣保護法)に関連して』http://www.saama-japan.com/howto/kyoka04.html

酒徒「吃尽天下中国を中心に世界を喰らい尽くす!」『「花地食府」―ロバ肉と雀の腎臓とエミューの胃! http://blog.livedoor.jp.chijintianxia/archives/1066704.html

生物多様性情報システム「絶滅危惧種情報」http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html

全国やきとり連絡協議会「やきとり百科」『やきとりの歴史』http://zenyaren.jp/fun/encyclopedia/history/

宣戦布告NETで発信石原慎太郎「環境問題解決」『カラス対策プロジェクト』http://210.136.153.187/policy/karasu/index.html

千松信也『僕は猟師になった』(2012)リトル・モア P166

高尾山通信「高尾山の自然」『高尾山の鳥類』http:www.takaosan.info/tori.htm

高尾山通信「高尾山豆知識」『中西悟堂と高尾山』http://www.takaosan.info/topics48.htm

旅メディア「ビックリ」『初詣の参考に!参拝者数が多かった神社ランキングベスト10』(2014年12月13日)、http://media.tabipedia.net/5024/

中央農業総合研究センター「鳥種別生態と防除の概要:スズメ」http://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/chougai/wildlife/sprrw_v3.pdf

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター 鳥獣害管理プロジェクト「鳥類の生態と被害対策―カラスとヒヨドリを中心に―」『獣害対策』(最終更新日2013年10月3日)p.9-15 http://www.pref.kagoshima.jp/ag02/sangyo-rodo/nogyo/tyoujuu/documents/36616_20140114133139-1.pdf

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター 鳥獣害管理プロジェクト「鳥害対策」http://narc.naro.affrc.go.jp/kouchi/chougai/wildlife/howto_j.htm

野中健一『昆虫食先進国ニッポン』(2008)、株式会社亜紀書房、P18,19

ハングリーハンター「レシピ集」『雀のごま味噌煮』http://homepage3.nifty.com/hungryhunter/suzume3/index.html

伏見稲荷大社公式HP「伏見稲荷大社とは」『宮司のご挨拶』http://inari.jp/about/

二村一夫『食の自分史』(17)「クマ、ツグミ、アトリ」http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/foodandme17.html

毎日新聞ニュース「スズメ国内生息数、半世紀前の1割に 全国調査で判明」(2009年2月3日)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090203-00000003-maip-soci

毎日新聞ニュース「スズメの焼き鳥:100年の名物ピンチ 退治、御利益ありすぎた?京都・伏見―毎日jp」 (2009年1月20日)http://mainichi.jp/select/wadai/graph/20090119

マーヴィン・ハリス『食と文化の謎』(2001)、岩波現代文庫、P.213 

「豆狸の狩猟・採集的生活のススメ」『スズメの解体』http://hunting.seesaa.net/article/13400094.html

「豆狸の狩猟・採集生活のススメ」『久しぶりの雀・鴨猟』http://hunting.seesaa.net.article/32359792.html

三上修「スズメについてよくある質問」https://sites.google.com/site/osamukmikami/suzume_questions

三上修「スズメの個体数および減少についての疑問」http://biology-ee.iwate-med.ac.jp/osamu_mikami/questions.html

三上修「日本にスズメは何羽いるのか?」(2008)、 Bird Resarch 4: A19-A29 http://.jstage.jst.go.jp/article/birdresarch/4/0/4_ A19/_ article/-char/ja/

宮崎正勝『知っておきたい「食」の日本史』(2009)、角川学芸出版、P14,15,37

山内昶『タブーの謎を解く―食と性の文化学』(1996)、ちくま新書、P35,60,61,62,87

ゼミジャーナル

インタビュー調査

卒業論文題名