土屋ゼミ5期 増山祐史
2014年9月10日、アップル社の最高経営責任者、ティムクック氏が発表した「Apple Watch」(アップルウォッチ)は瞬く間にビックニュースとして世界中に知れ渡った。「iPhone史上、最大の進歩」とティム氏自ら豪語するこの製品は、これまでのiPhoneの機能を「時計」に備え付け、より身軽に扱うことのできる「ウェアラブル端末」(ウェアラブル)の代表例だ。日本でも今年4月から販売が開始され、調査会社のABI ResearchはApple Watchの2015年出荷台数を1,377万台と予想されている。スマートウォッチ市場全体では、2,810万台との予想なので、全体の半分はApple Watchになるということになる。今やアップルウォッチがウェアラブルではなく、ウェアラブルはアップルウォッチのことだと錯覚してしまうほどの人気であると言えよう。しかし、メディアでは利便性のみがフォーカスされており、その危険性についての指摘は全く見当たらない。果たしてアップルウォッチは、そしてウェアラブルは完ぺきな「優等生」商品なのか、探ってみた。
そもそもウェアラブルとは、“Wearable”の意味の通り身に着けることの出来るコンピューターのことを示す。1990年代より米マサチューセッツ工科大学内のメディアラボをはじめとする研究室が開発をしたのが、ブームの口火を切るきっかけとなった。2012年に発売された片眼式のメガネ型ウェアラブル端末であるGoogle社の「Google Glass」。歩行や移動距離を測るリストバンド型のウェアラブル端末であるドコモ・ヘルスケア社の「ムーヴバンド」。Wi-Fi経由でスマートフォンからの操作が可能なSony社の「AS15AS30V」などなど…。時計、メガネ、カメラなど多様な使い方を目指した商品が近年、次々と打ち出されている。
ウェアラブルの将来の普及率の見通しも良好だ。総務省が発表した平成26年度版の「情報通信白書」によると、国内における2013年度の販売台数は約40万台程度だったが、2020年には600万台にまで上ると予測されている。日本の人口で割ると、単純に考えて20人に1人が持っている計算になるのだ。また発祥の地でもあるアメリカでは、2020年には1500万台にも上ると予想されており、今後世界における“ウェアラブルブーム”が起こることは間違いなさそうだ。
その流れで今年4月24日に発売されたのがアップルウォッチである。現在は3種類が店頭に並んでいる。ステンレススチール製でシックなデザインの「Apple Watch」、アルミニウムケース製でスポーティな「Apple Watch Sport」、ゴールド加工で高級感のある「Apple Watch Edition」の3つだ。機能はすべて同じで、メッセージの送受信、電話、メール、マップ、Siri、マップなどが使える。また家にiPhoneを置き忘れていても、デジタル機器用の近距離無線通信規格の1つであるBluetoothによるワイヤレスヘッドフォンを使えば、アップルウォッチを経由して音楽を聴くことだって出来る。iPhoneとの連動が必須ではあるが、より身軽にコンテンツを使える便利な商品なのだ。
出典:アップル社HP
ここまでウェアラブルの経緯や利点について説明したが、ここからは潜在的に抱える危険性について触れていきたい。今回考えたいのは、スマートフォンが普及し始めた2011年代から合わせて起きるようになった、「ながらスマホ」のような事故例だ。「Twitter」や「Line」などのアプリが普及し始めることにより画面に気を取られ、電車や自動車、自転車と接触してしまうこの事故は近年急増している。先日には一般社団法人日本自動車連盟(FIA)が、「ながらスマホ」の危険性を実証し訴えかける動画をHPにアップする事態にもなった。
スマートフォンの普及で急増したながらスマホの事故発生率は、より利便性を追求したウェアラブルなら更に高まることが予想される。特に電話やメールでは今まで以上に肌身に着けたものになるため、迫ってくる対向車などに目線が行かない可能性もあるだろう。実は先日、私も都内の携帯ショップにてアップルウォッチの試着をする機会があった。大きさから質感まで普通の時計となんら変わりないだけでなく、わずかに動かしたり触れるだけでも本体が起動するため、ついつい歩行中でも使いすぎてしまうのではないかと不安にもなった。ましてや東京五輪が開催される2020年は訪日外国人も含めて、都内で相当の混雑が予想される。ながらスマホならぬ、「ながらウェアラブル」が起きてしまう可能性は高い。
しかし、こうした危険性についてメディアからの指摘は意外にも少ない。朝日新聞の過去3か月間における、「ウェアラブル」でのキーワード検索の記事数は18件。そのうち危険性や注意を含んだ記事は1つもなかった。同様の方法で読売新聞が26件、毎日新聞も26件、日本経済新聞が127件で、それぞれ同じく1つもなかった。すべての記事が、ビッグデータを活用した場合の利便性、そして会社が出す商品の説明に終わり、ながらスマホやデータ使用の基準などについて触れている記事はなかった。
しかし、東京五輪に向け徐々に普及していくこのウェアラブルの使用基準や方法などに関して、何かしらの対策を練る必要があることは明らかだ。一般社団法人日本スマートフォンセキュリティ協会が今年2月に発表した、「JSSECウエアラブルデバイスセキュリティ TF設置に関る取組について」によると、消費者庁はアドバイザリーメンバとして、ビッグデータの使用方法やセキュリティ面における整備指導を行っている。しかしまだまだながらスマホなどへの対策が打ち立てられていないのが現状だ。
これに対し大手通信事業各社は対策を打っていないわけではない。SOFTBANKは歩きながらスマートフォンを使用している場合、「やめましょう、歩きスマホ」という警告文を表示し、その間は使用を制限するアプリを開発。またNTTドコモも「歩きスマホ防止機能」を無料でインストールすることで、歩行を感知した場合に警告文を発し、停止を確認した段階で使用を再開させるサービスを開発した。
しかしこれらはいずれも、それぞれの「善意」に寄るところが大きい。ながらスマホに対して危機感を持った人が自分の意思でアプリやサービスを受けない限り、どんなに制御機能を設けても活用されることはないのだ。そして個人の自由を奪うともいえるこうしたサービスを進んで受ける人は、少なくても若者の間では少ないのが現状である。
これに対し1つの解決策となりうるのが、アメリカのフィラデルフィア市で行われた「e-lane」という制度だ。これは2012年4月1日のエープリールフールにフィラデルフィア市長のMichael A. Nutter氏が考案した方法で、歩きながらスマホをいじる人ように普通の歩行者とは分けて専用レーンを設けたものだ。もちろん日本でやる場合には、都内の駅など人ごみの多い場所などが対象となるため設置は容易ではないかもしれない。またアメリカでは、歩きスマホ(携帯)」で怪我した人が2004年には559人だったが、2010年には1,506人に増加しており深刻な社会問題になっている。こうした状況を踏まえ、ニュージャージー州のフォートリーでは2012年から歩行中にスマートフォンや携帯電話を操作すると違反切符を切られ85ドルの罰金が科せられる制度が出来た。
ウェアラブルに関しても、カリフォルニア州ではGoogle Glassを着用したまま運転していた女性が反則切符を切られ、裁判となる事例もあった。カリフォルニア州では、カーナビを除き、ビデオ・スクリーンが運転手の視界に入る部分にあること禁止する法律があり、Google Glassがビデオ・スクリーンに該当するのではないかとされたのだ。
日本にもこうしたハード面での整備、あるいは罰則などの規制を設ける必要があるのではないか。2013年の東京消防庁の発表によると、歩きながらや自転車に乗りながら等の携帯電話、スマートフォン等に係る事故による負傷者は、2010年は23人だったが年々増加傾向にある。2013年は36件に上った。今年6月には東急都市線たまプラーザ駅の上りホームで中央林間駅発久喜駅行きの急行電車に中学3年の女子生徒がはねられ、死亡した。携帯を操作している途中、転落したとみられている。こういった事故の発生を踏まえ、JR東日本は都内の要望書を受け、JR-EAST FREE Wi-Fiの操作画面上に駅構内におけるスマートフォン・携帯電話の「ながら歩き」は大変危険であることを周知するポスターへのリンクを追加し、利用者への注意喚起を図ることにした。また訪日外国人の増加を見込んで、4か国語表記にするなどの対策も講じている。
しかしそれらは現状はそれぞれの「良心」に任せた対策としかなっていない。さらに密着性の高いウェアラブルに対しては、2020年までにより強制力を持った対策をとるべきだ。例えばGPS機能を付け、一定の距離を超えて近づいた場合、あるいは一定の速度を超えて近づいた場合にアプリを停止させる機能を付けてみてはいかがだろうか。またアップルウォッチ使用者用のレーンを作るなども良いかもしれない。実際、駒沢公園ではランニング用、自転車用、歩行者用の3つに道を分け混雑や接触事故に対応している。誰もが快適に近未来のデバイスを使用出来る環境づくりが必要だ。また民間企業の対策におんぶにだっことなるのではなく、消費者庁や政府が主導して厳しい規制を設け、自国開催での五輪で悲惨な事故が起きないようにしてもらいたい。
参考URL
総務省 平成24年度版「情報通信白書」http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc122110.html
PRTIMES JAF発「ながらスマホ」危険性検証動画、FIA(国際自動車連盟)が評価~FIAホームページで英語翻訳版を4/24(金)より公開~
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000329.000003128.html
engadjed 日本版
http://japanese.engadget.com/2014/09/09/apple-watch-digital-crown-retina/
Nikkei BP net 『米アップル、「iPhone 6」「Apple Watch」を発表。クック時代の新たな幕は開くか』
http://www.nikkeibp.co.jp/article/matome/20140910/414842/?rt=nocnt
情報通信総合研究所 研究員発★最新レポート
http://www.icr.co.jp/newsletter/global_perspective/2013/Gpre2013102.html
http://www.icr.co.jp/newsletter/global_perspective/2014/Gpre2014046.html
FIAホームページ
http://ch.jafevent.jp/detail.php?id=285
Apple Products Fan
http://approfan.net/apple-watch/apple-watch
JR東日本 サービス品質よくするプロジェクト
https://www.jreast.co.jp/servicepj/action/