土屋ゼミ4期生は、というより2011年度入学生は、3号館との関わりが最も希薄な学年である。2011年の春先、そして2014年の秋から冬。利用できた期間が半年にも満たないなんて、と他学年や他学部生には驚かれる。
――教室移動が大変そう。
――学部の建物さえあれば階段の昇り降りだけなのに。
なるほど、3号館という拠点が無い状態を悲観的に捉えたならば、たかだか15分の休み時間など「8号館の地下1階から15号館の4階まで」の移動時間でしかない。しかし、3号館の「無い」状態を長く経験したということは、3号館の建て替え工事が「有る」状態について一部始終を目撃したということでもある。大隈講堂から1号館へと統一された色調の続く景観が特徴であった、そんな3号館の風情を低層部に残したまま、11号館並みにまで高層化されるらしい。学生証が手渡された「旧3号館」を想い返し、卒業証書を丸めて「新3号館」と呼び掛けることのできる最後の学年として、3号館建て替えに関してより詳しく知っておきたい。
――というわけでして、3号館の建て替え工事についてお話を聞かせてください。
政治経済学術院事務所へ問い合わせたところ、キャンパス内の建物を管轄する部門があると知らされた。「キャンパス企画部 企画・建設課」という。そういえばWaseda-net portalにて、「工事に伴う停電のお知らせ」が企画・建設課の名前で出されているのを見た覚えがある。インタビュー取材を願い出たところ、キャンパス企画部 企画・建設課長 北野寧彦さんに直接お話を伺うことができた。
★キャンパスを造る「企画・建設課」
左へ折れて大隈庭園に入って行かず、一本道をそのまま進むと大隈会館がある。早稲田大学法人の本部事務機構と総称される様々な部門の集まる事務所棟で、キャンパス企画部 企画・建設課もまたこの中にある。「6階 キャンパス企画部 企画・建設課」の案内板を確認して、内線を繋ぎ、入室させてもらう。通常の学生生活ではおよそ窺い知ることのできない空間であり、一体どのような業務を行っているのか尋ねることからインタビューは始まった。
「企画・建設課は、大学が法人として持っている敷地、それから建物といったものについて建設、改修、修繕を行い、場合によっては土地を購入する、ということを主に行う部門です」と、北野さんは説明する。
早稲田大学には多くの建物がある。早稲田大学法人ともなれば尚更である。早稲田キャンパスに限らず、戸山キャンパスや西早稲田キャンパスに通し番号が振られているのは勿論のこと、高等学院や本庄高等学院なども早稲田大学法人であるため、同じ通し番号で把握されているという。番号たちはどこまで続くのだろうか。長らく抱いていた疑問をこの場で解消しておく。「番号自体は飛び飛びですが、200番台まであります」。小さな倉庫程度のものまで合わせたら、およそ350の建物を管理していることになるそうだ。
このように企画・建設課が、大学法人に属する全ての建物を扱う。それだけでなく、新たに土地の購入をすることもある。最近の例で言えば、2014年度にオープンした中野国際コミュニティプラザは、地方や海外からの学生へ住みよい環境を提供するために、東西線沿線で大規模な土地を検討した結果、現在の場所に定まったという。また、2013年より新館が利用可能となっている、軽井沢セミナーハウスの工事計画を管理したのも当然ながら企画・建設課であり、その活動は都内のみにとどまらない。
インタビュー当日の事務所で、いくつか空席が見受けられ不思議に思ったので、尋ねる。北野さんによれば、デスクワークに加えて、やはり現地の状況を把握する必要上から、珍しい事ではないそうだ。所沢キャンパスや北九州キャンパスなど、広い意味での「早稲田大学のキャンパスを造る」業務は、この瞬間も何処かでなされている。
★「3号館の建て替え」と企画・建設課
2010年代を迎えると同時に、早稲田大学では「早稲田キャンパスD棟建設計画」なる動きが進められていた。理事会のもと、D棟建設検討委員会が設置される。各委員は、早稲田キャンパスにおける各学術院の代表や学生部を代表する者、さらには図書館部門などからも集められた。委員会の事務局は、キャンパス企画部 企画・建設課が担ったという。
大学の方針として、校地と資金を有効活用するためにも、既存の建物を使いながらの建て替えが進められている。早稲田キャンパスで言えば、14号館、8号館、11号館という順に20年ほどかけて改築が完了しており、続いては3号館を、ということになった。計画段階において、D棟と仮称される建物である。1933年の竣工から増築を繰り返し、77年が経過した末の建て替えであった。冒頭に挙げた検討委員会が立ち上がり、早稲田キャンパス内に関わる部門から代表が呼ばれる。
「ただ、企画・建設課がなんでも勝手に造ってしまうということではなくて、3号館を主に使う政治経済学部や図書館、あるいは学生部といった関係者から、『どういうふうな使い方をしていきたいですか』という話を聞いて、『じゃあここをこうしましょう』ということを話し合いの中で決めていきます」。
その際に参照されるものが、大学のカリキュラムである。例えば8号館には700人を収容できる大ホールがある一方で、建設中の新3号館には360人教室が5階にひとつあるのみ。早稲田キャンパス全体において、400人以上の教室数とそれを使用する授業のコマ数の展開を考えたうえで、新たに造る必要はなさそうだと委員会で結論付けられたからだという。
このようなカリキュラムとの連動は、新3号館2階に設けられる予定の「問題解決型」教室に顕著である。従来の講義形式ではなく、教員と学生、あるいは学生同士でグループ・ディスカッションを行う形態に適した教室のことを指す。既に図書館などにあった「グループ学習室」よりもさらにレイアウト変更がきき、「小学校の給食の時間に机と椅子を移動して、小島をいくらでも作れるイメージ」と北野さんは話す。このような新形式の教室が2階へレイアウトされたことには、学生にどんどん利用して欲しいという大学側の願いが表れているそうだ。新形式の教室は、従来の100人教室の規模に相当し、大小合わせて3つ設けられている。さらに「問題解決型」学習のための自習スペースも併設されているので、同じ階にあるライティングセンターと合わせて、新3号館には様々な箇所から学生が集まってくるはずである。
とはいえ、「委員会ではこの部屋のここの床をどうしよう、ということまでは決められないので、そういった細々としたことは、ここ、企画・建設課と設計会社さんと施工会社さんで打ち合わせをしていく」のだという。北野さんも含めて企画・建設課には建築士が数名いて、図面を引くのもまた同課の重要な仕事である。その図面上には、4基のエレベータや、昇りと降りのエスカレータが地下1階から10階まで延びていく様子が記されている。黒板や空調など、人の手では移動できない設備について、この段階で配置が決められていくそうだ。ただし、大学側で指定するのはその性能に関してであり、どのメーカーのものを導入するかは施工会社がコストを考慮して決定する。キャンパス内の建物で、エレベータやエスカレータなどのメーカーが統一されていないのもこのためである。
そして、4期生の学生生活にほぼ重なる3号館の建て替え工事が、2014年8月末をもってほぼ完了する。9月にかけて完了したところから順次、3階から8階までの教室には机や椅子を搬入し、9階の大学院やゼミ室にも同様の専用のものが、さらに地下1階の学生読書室、10階の事務所、11階から14階の研究室、と引越しが済んでいく。ただし、「ハコモノが完成しました、終わり、ではないんです。15年20年と経って、メンテナンスや修繕もしていかなければならない」と注意を向ける。「そうやって大学内の建物に関わり続けていくのが、私たち企画・建設課の仕事です」。この言葉を最後に、北野さんとのインタビューが締めくくられた。
今後、Waseda-net portalで、企画・建設課からの「工事や停電のお知らせ」を注意して見て欲しい。2030年、そこには3号館のトイレ修繕を行うキャンパス企画部 企画・建設課の姿があるかもしれないのだから。
入試期間で中断された3号館工事の様子。工事は、大学の行事日程を定めた「アカデミック・カレンダー」に沿って行われる。(2014年2月撮影)
14号館から臨む3号館(左)と8号館(右)。3号館の最上部に見える大型クレーンはこの後、屋上に別に組み立てられた小型クレーンで解体し、その小型クレーンも最終的に地上にある大型クレーンで撤収される。(2014年6月撮影)
(谷川舜)