土屋ゼミ6期 藤原
箱根山の火山活動から一年が過ぎようとしている。
今年4月には大涌谷名物「黒たまご」の発売が再開し、連日完売。
また、火山ガスのため駅舎から出られないが箱根ロープウェイが桃源台―大涌谷で運行再開するなど、箱根は回復の兆しを見せている。
しかし一年経った今でも火山活動の影響が一部の温泉に出ていたり、
箱根ロープウェイは早雲山―大涌谷の運行を見合わせているなど完全復活までの道のりはまだ長いと思われる。
箱根山は、昨年6月に噴火警戒レベルが「3」(入山規制)まで上がったが、9月に「2」(火口周辺規制)、
11月末に五段階で最も低い「1」(活火山であることに留意)に下がった。
「1」まで下がった際にテレビで取り沙汰されたのが箱根湯本の「風評被害」であった。
当時、風評被害により観光客が減り地域経済に影響が出ていた。
気象庁が「箱根山全体が危ないという誤解を招かないため」に箱根山の噴火警報の範囲表記を変更したほどであった。
数年前まで予約を取るのも一苦労するほど混んでいた箱根が、火山活動や風評被害の影響を受け観光客が激減している。
その現状を自分の目で見ようと噴火レベルが下がって間もない昨年12月上旬、私は箱根へと向かった。
まだ息も白い頃、箱根湯本駅へ向かうロマンスカー内は物寂しげであった。
繁忙期は満員が常だった定員60名の一車両に乗客は僅か六人ほど。
ロマンスカーの心地良い揺れと共に窓から見える景色が風情あるものに移り変わってきた。
箱根湯本駅に降りてみると「ようこそ、箱根へ」と迎えてくれる看板ともう一つ、
「箱根に元気を取り戻そう」と書かれた広告が大きく貼り出されていた。
閑散とした箱根湯本駅前商店街には観光客はほとんどおらず、学校帰りであろうか、
ランドセルを背負った男の子が細い商店街の道を一人元気よく駆けて行った。
目の前の街が少し前まで温泉街として人気を博していたとは到底思えなかった。
箱根湯本から少し離れたバス停で一人のおばあさんと一緒になった。
おばあさんの荷物は少し大きめの手提げカバンを一つ。
少しご高齢にも見えたが、誰かと一緒に来た様子でもなかった。
おばあさんは、都内に住み夫の介護の合間に箱根に来ていること、効能が良い強羅の温泉に一ヶ月置きに宿泊していたこと、
噴火してからは行っていないことなどを教えてくれた。
「いつもの旅館から食事の案内しか来なくなったんです。前はお風呂の案内もあったのだけれど」。
今は代わりに箱根湯本の日帰り温泉で日々の疲れを取りに来るそう。一万円で購入した十三回の回数券を大事に一年間使い続ける。
「もう死ぬまでには(強羅の温泉には)入れないだろうねえ」と静かに話した。
温泉は止まったが潰れた旅館はひとつもないことを教えてくれた旅館の女将、
報道の少なさに苛立ちを唱える従業員、百人近くは入るであろう温泉で「今日は貸切だね」と笑って話す番頭さん。
芦ノ湖の遊覧船乗り場の従業員によると、火山活動本格化後、日本人観光客は減少したが、外国人観光客は全く減らなかったのだとか。
「外国人誘致が上手くいっている証拠なんだろうねえ、海外だと報道もあまりされていないのかな」と言う。
なるほど、確かに滞在中に見かけた人数は日本人より外国人観光客の方が遥かに多い。旅館ですれ違う僅かな宿泊客もほぼ外国人であった。
今月5日、神奈川県は、2015年の一年間に県内を訪れた観光客数が1億9291万人で、初めて1億9千万人台になったと発表した。
さがみ縦貫道の全線開通やJRの上野東京ライン開業による利便性向上や、外国人観光客の増加が要因とみている。
その一方で箱根町は同月3日、町内への2015年の観光客が1737万6千人で、前年と比べ381万4千人(18%)減ったと発表した。
箱根山の火山活動が影響し、東日本大震災が起きた11年の約1767万人を下回り、過去38年間で最少だった。
15年の宿泊客は約367万人(前年比20%減)で、日帰り客は約1371万人(同17%減)。
修学旅行生は火山活動で5月以降にキャンセルが相次ぎ、4925人(同89%減)だった。
宿泊客のうち外国人は約37万8千人(同74%増)。日帰りを含む外国人客は108万3千人(同48%増)に伸びたと推計し、
台湾、中国、豪州、欧米などからの来客が観光業を下支えしたとみている。
これらの結果を受け、黒岩祐治知事は「外国人向けのインバウンドツアーの企画・商品化にも力を入れ、さらに観光客を呼び込みたい」と話した。
「インバウンド」や「爆買い」という言葉が珍しくも無くなってきた今、
地方経済を支えているのは外国人観光客と言っても過言ではないかもしれない。
これらを東京オリンピックに向けてインバウンド戦略を立て
「グローバルな日本」を国内外にアピールした結果が現れた経済政策の成功例と取る人もいるだろう。
しかし、日本人観光客が激減し、外国人観光客が激増した結果、地方経済が辛うじて保たれているこの現状を手放しで喜んで良いものだろうか。
インバウンド戦略自体は悪いものではない。
それによって国内経済が救われていることもまた事実である。
しかし、外国人観光客数が来年も今年と同じ水準を保っているとは限らないことを忘れてはならない。
国内観光客が激減している現状を棚に上げ、国内経済の収入を上げる方法としてインバウンド戦略の強化を主軸に置いて良いものだろうか。
更なる外国人を獲得することに終始せず、国内での人的移動の活性化、地方振興にも目を向けるべきではないか。
一日でも早い箱根の完全復活を望んでいる。
【写真】箱根山ロープウェイスタッフの想いを書いたカード (2015年12月上旬)
参考文献
朝日新聞(2016)「県観光客、初の1億9000万人台 昨年、日帰り4.9%増/神奈川県」7月5日付
朝日新聞(2016)「箱根観光の活気、七夕飾りに願う 大涌谷噴火から1年/神奈川県」7月2日付
朝日新聞(2016)「箱根、向き合う火山 正しく理解、資源に 活発化1年、観光復調」4月28日付
朝日新聞(2015)「箱根山噴火警報、範囲表記を変更 風評被害うけ気象庁」6月18日付
読売新聞(2016)「箱根町の観光客、381万人減 昨年、火山活動影響し18%減/神奈川県」6月4日付
読売新聞(2016)「箱根 にぎわい戻る 警戒引き上げから1年」5月7日付
読売新聞(2016)「箱根・大涌谷、観光一部再開へ ロープウェイ許可・黒たまごも製造」4月16日付
読売新聞(2015)「箱根町 赤字転落の危機 入湯税 見込みの6割か 今年度決算=神奈川」10月2日付