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土屋ゼミ2015年度 <第13回>不動産バブル!?国内不動産市場を考える

  土屋ゼミ6期 藤本


○はじめに

 昨今、日本の不動産市場が活気づいている。 国土交通省によれば、2016年1月1日時点の全国の地価は全用途平均で上昇に転じ、 2008年のリーマン・ショック以降長らく続いてきた土地デフレは終息した。 また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催決定に伴って様々な大規模開発が始動しており、好景気の到来を予感させる。 しかしその一方で、劇薬とも言われたマイナス金利政策が不動産市場に過剰流動性注1をもたらしてバブルを誘発する懸念があるとする声や、 すでにバブルに突入しているとする見方さえ出てきている。 一方で、国民の景気回復の実感は一定水準に留まっており、 いわゆる「バブル景気」が到来していると言われてもピンとくる人は少ないだろう。 日本の不動産市場の実態を探るため、本稿では地価上昇の原因、 イギリスのEU離脱問題や東京オリンピック・パラリンピック開催が不動産市場に与える影響、 及び平成バブル期と今日の国内不動産市場の違いについて考察する。


○地価はなぜ上昇したのか

 地価が全国平均で8年ぶりに上昇した要因は様々だが、その中でも特に大きな3つの要因について考えたい。
 1つ目は、金融緩和・マイナス金利政策による不動産市場への資金流入だ。 安倍政権が推進するいわゆる「アベノミクス」の金融緩和策によって投資マネーが不動産市場に流れ込み、地価上昇を引き起こした。 また、住宅価格なども全体的に押し上げられ、例えば2015年には首都圏の新築マンションの一戸平均価格が5,000万円代に突入し、 2007年のミニバブル期の水準を上回った(東京カンテイ調べ)。
 2つ目は、円安基調の影響を受けた海外投資家による日本への投資の加速だ。 為替の影響で日本の不動産に割安感が生じたことが、中国を始めとする海外からの投資を加速させた最大の要因だろう。 また、日本の不動産は中国をはじめアジア諸国の不動産と比較すると非常に利回りが高いことも大きな理由の一つだ。 GLOBAL PROPERTY GUIDEの調査によれば、 北京の賃料利回りはほぼ全ての広さの物件において「危険信号」とされる3%を更に下回る2.5%未満であるのに対し、 東京の賃料利回りは3.4%~5.4%であり、その差は顕著である。 特に、中国経済そのものの失速や、中国国内不動産価格の暴落が強く懸念されている現状を受け、 より良い投資先として日本の不動産を選択した中国人投資家の動きが目立った。 こうした海外からの投資マネーの流入が、地価の上昇に繋がった。
 そして3つ目が、訪日外国人旅行客の急増だ。これまでの円安などの影響で訪日外国人旅行客数は順調な伸びを見せており、 ニッセイ基礎研究所によれば過去12ヶ月合計値の各月推移は2016年1月以降、連続して年間2,000万人超を記録している。 その結果、主に大都市圏の商業施設や宿泊施設において収益が大きく向上し、それらの施設への投資や新規開発が過熱したことで地価が上昇した。


○“ブレグジット”はどう影響するか

 イギリスのEU離脱問題が世界に衝撃を与えている。 不動産投資市場を含むあらゆる市場において、2015年後半に引き続き、世界的なリスク回避の動きが観測されている。 多くの投資家が日本の不動産市場から撤退する可能性があり、海外資金による国内不動産の取得額は昨年に引き続き減少するのではないだろうか。 投資マネーによる市場の過熱感は、少なくとも短期的には弱まるかも知れない。
 その一方で、主要先進国は金融引き締め政策に着手し難い状況になった。 日銀やECB(欧州中央銀行)による更なる金融緩和もあり得る。 少なくともこれまで予測されていた金融緩和縮小のペースは大幅に鈍化するであろう。 結果として不動産市場への潤沢な資金供給が当面確保されることになれば、 そのこと自体は不動産業界にとって追い風にもなり得るのではないかと予測する。


○オリンピック、浮かれてばかりは…

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決定し、都内の不動産開発が俄かに活況を呈している。 各主要エリアでは超高層ビルや複合施設の開発計画が次々に打ち出され、多くのエリアで既に建設がスタートしている。 また湾岸エリアでも、選手村整備のための大規模再開発を始めとして多くの開発が進められている。 ちなみに上では触れていないが、オリンピックの開催決定も間違いなく地価上昇の要因の一つだ。
 しかし不動産開発大手の森トラストの森章前社長は、そうした建設ラッシュを「オリンピック前に好景気の山、 つまりその後の“崖”を築いているよう」だと表現し、先行きの楽観視に警鐘を鳴らしている。 不動産の需給バランスが崩れて供給過剰が生じかねないという森氏の懸念に加え、 その頃には、人口減少に伴う空き家の増加問題が大都市においても深刻化することなど、多くの避けられない課題が我々を待ち受けている。
 私は、特に不動産開発業界やホテル業界、そして政府が、そうした現実を踏まえた冷静な選択をすべきだと強く感じる。


○「バブル」実感は薄い

 昨今の地価上昇や国内不動産市場の活性化を「バブル」と表現するメディアは少なくない。 一般的にバブルとは、投機などによってモノが実質的な価値を遥かに上回る価格で取引されるようになった状態のことを指すのだが、 ここ最近のメディアの論調は平成バブルの再来に警鐘を鳴らしているというよりは、 不動産取引価格が上昇し景気が上向いてきたというポジティブなものが多い。 だが、国民の実感はどうだろうか。読売新聞が今年1月から2月にかけて行った全国世論調査によれば、 全回答者の実に84%が「景気回復を実感していない」としている。 新聞や雑誌の紙面に「バブル」の文字を見つけて、 「バブルどころか、未だにデフレ脱却さえ実現していないじゃないか」と感じている人も多いのではないだろうか。 今日の不動産市場における盛り上がりは、少なくとも平成バブル期のそれと比較して、明らかに異質なものであるように思われる。


○平成バブル期とは大きく異なる状況

 最大の違いの一つは、平成バブル期には全国的に急激かつ大幅な地価上昇が見られたのに対し、 現在の大幅な地価上昇は東京都心を始めとする一部の大都市地域に限局されているということだ。 このことは、平成バブル期と比べて投資家がよりリスクに敏感で収益の確保にストイックになっていることの表れであると言える。 今日では、根拠のない「土地神話」や漠然とした期待感に支えられた楽観的な投機ではなく、 あくまでより確実な利益のための冷静で合理的な投資が多い。 そのため、市場にやや過熱感があるように見えたとしても、 不動産が実質的な価値から大きく乖離して取引されることは起こりにくい状況である。
 また、国内投資家が国内・海外を問わず様々な市場を席巻した平成バブル期に対し、 今日存在感を増してきているのは海外投資家である。 JLLの調査によれば、国内不動産における海外投資家の投資割合は、 最も落ち込んだ2011年の4%から順調な増加傾向を見せており、2015年には22%に達した。 最近までの円安基調で海外から見た国内不動産に割安感が生じたことや、 カントリーリスクの低さが評価されており特に中国人投資家が自国に代わる投資先として 日本に注目していることなどが影響した結果と考えられる。 アベノミクスを支えているのは海外投資家であるとする声も多く、 市場への影響力の面では良くも悪くも彼らが主役になりつつある。 このことは明らかに、市場と国民との間に温度差を生じる原因の一つである。
 さらに、不動産価格の算出に用いられている基準も、平成バブル期と今日とでは大きく異なる。 平成バブル期当時には「取引事例比較法」が主流であった。 これは、対象不動産と似た条件の不動産の取引事例における価格を基礎として、 市場動向などを踏まえて価格を算出する方法である。この方法では様々な特殊条件による補正が行われるが、 その力加減は査定主に一定程度委ねられている。 そのため、不当に高額な価格形成が行われやすくなるというデメリットがあり、 バブルを助長する要因となった。そこでその反省を受け、バブル崩壊後に特に投資市場において「収益還元法」が広く普及した。 これは、対象不動産の現在の価値と、将来生み出すと予測される利益とを総合して価格を算出する方法だ。 収益に結び付きにくいと思われる条件が価格を押し上げることがないため、非常に合理性の高い算出法である。 こうした変化も、平成バブル期のような過熱を予防することに繋がっている。


○おわりに

 以上の事からも、現在の国内不動産市場の状況は平成バブル期の状況とは全く異なると言える。 また、当時のようなバブルが再来する可能性もかなり低いと言ってよいだろう。 ただしそれは無論、国内不動産市場の展望について手放しの楽観が許されるということではない。 例えば、明治大学教授の北岡孝義氏は自著で先述の不動産価格の算出法について触れており、 バブルが発生すると「収益還元法の不動産価格評価が後退し、不動産の投機に都合の良い取引事例比較法が広まる可能性がある」 とした上で、「バブル崩壊後に、まっとうになった不動産市場が、再び歪められてしまう危険性がある」と警告している。 こうした点に加え、想定を超える量のマネーが不動産市場に流入してしまうリスクをはらんだ大規模金融政策などについても、 引き続き注視していく必要があるだろう。


注釈
1) 資金需要を上回るマネーが供給された、いわゆる「カネ余り」状態のこと。
2) アメリカの経済学者で、元FRB(連邦準備制度理事会)議長。(1926年3月6日- )


参考文献
北岡孝義(2013)『アベノミクスの罠 -繰り返されるマネーの暴走-』PHP研究所
清水千弘(2016)「不動産バブルは繰り返すのか? -不動産市場の過去・現在・未来-」
日本経済新聞「不動産融資、26年ぶり最高」2016年2月21日付朝刊
読売新聞「アベノミクス3年 本社全国世論調査 将来不安の払拭カギ」2016年2月26日付朝刊
国土交通省ホームページ「平成28年地価公示について」[2016年7月18日アクセス]
<http://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo04_hh_000111.html>
東京カンテイ「東京カンテイ プレスリリース / 首都圏 新築・中古マンション市場 2016年1月28日」[2016年7月17日アクセス]
<http://www.kantei.ne.jp/release/PDFs/86hakusyo-syuto.pdf>
ニッセイ基礎研究所「オフィス賃料は再上昇、訪日外客数増はホテル市場に加え地価を牽引-不動産クォータリー・レビュー2016年第1四半期」[2016年7月18日アクセス]
<http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=53068?site=nli>
東洋経済ONLINE「森トラスト社長『五輪後に経済の"崖"が来る』」[2016年7月17日アクセス]
<http://toyokeizai.net/articles/-/70570>
JLL「ジャパン・キャピタル・フロー2016年第1四半期」[2016年7月29日アクセス]
<http://www.joneslanglasalle.co.jp/japan/ja-jp/research/72/jll_jcf2016q1>
みずほ証券株式会社「不動産市場の最新動向と今後の有望分野~多様化する不動産投資の影響~」[2016年7月29日アクセス]
<http://www.lij.jp/html/jli/jli_2016/2016winter_p215.pdf>



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