土屋ゼミ6期 則常
前編では過去の甲子園大会にて起きた特定の選手への報道集中について、記事データベースを用いた計量分析、共起ネットワークを用いた内容分析によって時代ごと、また今年の甲子園報道の傾向を考察した。
続く後編では全体の傾向や考察からさらにフォーカスして、清宮選手の例を中心に、注目選手を有する高校側の対応の実態や各メディアへの印象などを探っていきたい。
この記事を作成するにあたり、今年の夏の甲子園でベスト4の成績をおさめた早稲田大学系属早稲田実業学校硬式野球部(以下早稲田実業、早実野球部)の現部長國定貴之先生と前部長佐々木慎一先生にお話を伺った。
この記事の内容はあくまでも早稲田実業学校の一例をもとにしたものであり、他の高校においては取材対応や考え方について相違点が多くあるだろうことを理解して読んでいただければ幸いである。
○取材対応について
早稲田実業高校は2015年、全国高等学校野球選手権大会(以下、夏の甲子園)に西東京枠として出場を決めた。
昨年まで中等部に所属していた清宮幸太郎選手が高等部へ進学したことで予選大会から注目を浴びていたこともあり、学校全体への期待は大きくふくらんだ。
谷所による計量分析の結果にもある通り、『朝日新聞』では4月11日時点で清宮選手の高校野球デビューについての記事が掲載されている。
他紙に関しても『読売新聞』や『日本経済新聞』では4月時点で清宮選手へ注目する記事を確認することができた。
今年度から部長を務めることとなった國定氏は「(夏の)甲子園の予選大会の一回戦時点ですでにマスコミが詰めかけていた」と語る。
早実野球部の場合、メディア等の取材の際は学校の広報担当が窓口となりすべてを管理するシステムになっており、それは清宮選手への取材に対しても例外ではない。
記者たちは、清宮選手個人への取材ではなく、早実野球部への取材としてアポを取って取材を行うことになる。
取材の多くは早実野球部が練習を行っている南大沢のグラウンドで、通常の練習後に時間を取って行われた。
取材の間、記者と清宮選手の脇には部長である國定氏が常に控え、記者からの質問が高校野球や清宮選手自身の話から逸れた場合にはストップをかける。
前編での内容分析において、清宮選手をはじめ選手たちの共起ネットワークに野球に関する直接的なワードしか抽出されていなかったのは、ここである程度の軌道修正が行われているからだろうと推測される。
清宮選手に関してはラグビーの元日本代表であった父、清宮克幸氏の話題についてもNGであったようだ。
○清宮選手の特異性と学校としての配慮
入学当初からホームランバッターとして期待を多く寄せられていた清宮選手の特異性は、なんといっても彼がまだ高校一年生であるという部分だろう。
前編の計量分析の特徴から言えば、いわゆるスター選手として注目を浴びるのは記事数の上昇時期的に彼ら自身が三年生である年の3-4月ならびに7-8月である。
これは春の甲子園と夏の甲子園の開催時期と合致する。
一年生であり、父親もスポーツ選手であったという点でどうしても清宮選手に注目が集まりやすい反面、通常であればチームの要として注目されるべき三年生への配慮が必要となってくる。
そこで、学校としては「清宮選手」への取材としてアポを受けるのではなく、「早実野球部チーム全体」への取材として受け入れる方針を取っていた。
清宮選手だけでなく、チーム全体の練習についてや他のレギュラー選手への取材などもいれるというように、掲載記事の方向性確認については毎回丁寧に行っていたようだ。
2006年の夏の甲子園を盛り上げた斎藤佑樹選手と比較して、佐々木氏は「斎藤佑樹は夏の甲子園で早実が勝ち進んでからメディア露出が増えた。視聴者や読者などの大衆が彼に注目をし始めたからメディアがそれを追いかけたような形だったように思う。しかし清宮に関しては完全に逆で、マスコミがこぞって注目したことに引っ張られて大衆が食いついた感じがあった。」と語る。
計量分析での記事数の推移を見てみても(参照:前篇(計量分析の方法と結果))、
斎藤選手に関しては大会開催中の8月に大幅に記事数が伸び、その後の国体やドラフトの時期に再度上昇していることがわかるだろう。
○各メディアから受ける印象と学校としての懸念
清宮選手のように集中的に注目を浴びる中心選手だけではなく、同じチームに所属しているレギュラー選手など部全体に対しての配慮も要求される学校側としては、各メディアが持っている傾向や特徴を気にするのは当たり前である。
どんなに注目され、テレビや雑誌に取り上げられるような選手だとしても「一人の学生である」ということを決して忘れてはならない。
その前提を一番理解してくれるのはスポーツ紙の記者であると両氏は語る。
スポーツに特化したメディアだからこそ、学生選手やその周りの状況を把握するのに長けているのかもしれない。
また、『朝日新聞』や『読売新聞』のような一般紙や、週刊誌のような雑誌媒体は話題性ばかりが先行し、なかなかそういった認識が浸透していないという。
國定氏は「早実野球部にとっては今年よりも二年後が正念場だと思う」とも語った。
先ほども述べたように通常であれば三年時に夏の甲子園出場で注目を浴びるところを、清宮選手の場合一年生の段階でスター選手へと引き上げられてしまった。
しかし、彼にはまだ高校野球生活が二年残っている。
世間の期待に応えて、清宮選手の可能性をつぶすことなく実力を発揮させてやりたいという意気込みを持つとともに、もし今後清宮を存分に活躍させることができずに終わってしまった場合に学校への批判や非難が大きくふくらむかもしれないということにも懸念はある。
そうなった時、部員たちを世間やメディアからの批判や批評から守ることはもちろん、学校や部全体のイメージダウンの可能性とも闘っていかねばならない。
野球部だけではなく学校全体に関わる問題なだけに極めて重要だ。
○まとめ
ここまで、早稲田実業学校の例を中心に甲子園報道の実態を見てきたが、メディアの報道集中は思った以上に選手本人やチームメイト、そして学校全体にも大きな影響を与えていることがわかった。
今後も、夏の甲子園や春の甲子園において数々のスター選手が誕生し活躍するであろう。
毎年高校野球の盛り上がりを楽しみにしている身としては多くの選手に活躍してもらいたい気持ちはあるが、一方でメディアの過度な報道は選手自身の大きな負担となることも十分ありえる。
学校側のケアや配慮だけではなく、メディア側の取材への考え方の転換や態度の見直しも必要となってくるのではないだろうか。
この度、記事の執筆にあたり取材協力をしてくださった佐々木先生、國定先生にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
OGとして、早稲田実業学校硬式野球部のさらなる活躍を期待しています!
(取材協力)
佐々木慎一氏(早稲田大学系属早稲田実業学校硬式野球部前部長)
國定貴之氏(早稲田大学系属早稲田実業学校硬式野球部部長)